三十路で初恋、仕切り直します。

「トミタだ!?すげぇじゃねぇか、超一流企業のOLさんかい」


カウンター席に座っていたおじさんたちが目の色を変える。何度も経験があるとはいえ、どうにも居心地の悪くなる反応だ。


「わたしはただの地方の工場付きの事務員なんです。だからトミタって言っても本社勤めとは雲泥の差で、全然たいしたことないですよ」
「っかぁ。トミタ自動車なんて、いまや『世界のトミタ』だろ?そんなとこに勤めてんならもっと自慢すりゃいいのに。そうも謙虚でいられるたぁ、勝ち組の余裕ってやつなんだろうなぁ」


こちらが困惑してしまうほど、心底羨ましげな声で言われてしまう。


「いえ、勝ち組だなんてそんな」
「なんだよホント、泰菜ちゃんは謙虚だねぇ。ぶちぶち文句言って家で腐ってるウチの娘に爪の垢煎じてやってほしいよ」

「でもよー、松さんトコの娘は腹ン中、二人目いんだろ?」
「そうだよ。娘さんの里帰り、楽しみにしてたじゃねぇか。昨日だって孫のエリちゃん連れて、松さんが楽しそうに散歩してるとこ見掛けたぞ。俺ンとこはまるで男っ気がねぇから早く片付いて欲しいもんだ」

「馬鹿言うなよ、田中ンとこのゆりちゃんはまだ短大生だろが」
「いいんだよあの馬鹿娘、また留年しやがって、こんなことならさっさと他所の男に押し付けたほうが清々すらぁ」
「まったまた、こういう奴に限って嫁に出すとき号泣すんだよな」



町内会の面子が子供や孫談義で盛り上がりだす。なんとなく、肩身の狭くなる思いをしながら耳を傾けていると。



「ところでよ、泰菜ちゃんはいくつだ?」

隣に座っている、たしか父と同年代の角田のおじさんが無遠慮に訊いてくる。

「さ、32です」
「じゃあやっぱもう結婚してんだろ?」





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