三十路で初恋、仕切り直します。

30過ぎると、年齢と結婚の話題はもれなくセットで付いてくる。


話の流れ的にいつ訊かれてもおかしくないことだとは思っていたけれど、まさか店内にいるおじさん方みんなの耳目を集めるような大きな声で尋ねられるとは思っていなかった。

角田のおじさんはまさか泰菜の口から否定の言葉が出てくるなど考えもしていないのだろう。酔っ払っているからとはいえ、三十路女の独身宣言がどれほど場を冷やすのか考え及ばないようだ。


年齢を聞かれることなんてさほど苦にならないけれど、独身と言った後の、本人の認識はどうあれ「負け犬」であることを押し付けるような、すこし哀れむような空気だけは耐えがたかった。



新幹線に飛び乗った後で「子供が熱出しちゃったから今日はごめん」と会う予定だった美玲からキャンセルのメールを受け取り、仕方なく時間を潰すために地元へ立ち寄ってみたけれど。



-------来るんじゃなかった。



大人しく一人カラオケか漫画喫茶で時間を潰していればよかったと、帰省したことへの後悔が満ちてくる。さてどう答えれば笑いを取れるだろうかと、みじめに聞こえない独身宣言をあれこれ考えていると。


「おいおい馬鹿なこと訊くなよ、失礼だろ」


近所の田中のおじさんがそう割って入ってきてくれた。思わずほっとする。そうだ、『結婚』は三十路女にはナイーブな話題だ。このまま流してくれるのかと思いきや。


「親父さんがあんな若い後家さん貰ってるんだ、その娘の泰菜ちゃんががいつまでも嫁き遅れてるわけねぇだろ、なぁ?」


田中さんは悪意なんぞなく、あくまでもお酒の入ったほろ酔い気分で口にする。あまりにも残酷な話の振り方だ。やっぱり地元なんて独身女がほいほい帰ってきていい場所ではない。



「素敵な旦那さまゲットしました」とか「彼氏と婚約中です」などと嘘を言えばいいのだろうか。どうせ誰も真偽は分からないのだから。

でもここで見栄を張って、嘘だとバレたときこのやりとりを聞いているであろう法資にどう馬鹿にされ笑われるかわかったものではない。



諦めた気持ちで「わたし、結婚は」と口を開きかけると。



「なあ親父。俺もうあがってもいいか」



法資が和帽を脱ぎながら泰菜の言葉を遮るように言った。





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