ホットケーキ続編のさらに続編【玉子焼き】
5.言葉になったこと
 ベッドの片側を空けて片肘をついた。髪を拭いている大沢は湖山に背を向けて座っている。こうして大沢が髪を拭いている時、あるいは職場ですれ違って彼の周りの空気が動いた瞬間、彼から湖山が使っているのと同じシャンプーの匂いがする。同じシャンプーを使う、というこのことがこれ程疚しい気持ちになることを湖山はかつて知らなかった。
 ごしごしと擦っていたタオルを肩に掛けて、ため息をついたのか大沢の肩が小さく上下した。それからぐんと身体を伸ばしてタオルを椅子に放った。

 「ベッド買いに行きたい」
 と湖山はもう少し身体をずらしながら言った。
 「うん?」
 大沢は湖山の身体にタオルケットを掛けながらベッドに身体を横たえた。
 「ベッド。もう少し大きいベッドが欲しい。」
 「小さくてもいいじゃない。くっついて眠れば。」
 「俺蹴っ飛ばしちゃうじゃん。」
 「いいよ。蹴っ飛ばしても。」
 「やだ。」

 大沢が湖山の髪を梳く。子どもの我侭を聞いているように、ほんの少し微笑んでいた。
 「今日、ごめん。」
 と大沢は湖山の唇を見ながら言った。
 「俺も。」
 湖山は大沢の目線の先を確めながら言った。半分臥せった睫を見つめる。
 「湖山さんは別に」
 大沢の目が湖山の目を見る。
 やっと合った目線に湖山はただ嬉しくて笑った。
 「やっと目が合った!」
 素直に言葉にすれば、ただそれだけのこと。どうして口にすることが出来なかったのかと思う程たやすく口をついで出る。
 大沢の腕はぎゅっと湖山の頭を抱いた。

 「今日どこに行ったの?」
 「どこって?」
 「昼飯。吉岡と。」
 「テキサス?だっけ?」
 「オクラホマ、ね。」
 「うん、そうだ、オクラホマだ。」
 「だからか。」
 「何が?」

 それから大沢はくすくすと笑って何でもない、と湖山の頭をくしゅくしゅと撫ぜた。

 「なあ?」
 「うん?」
 「──心配、してるだけなんだよ?」
 「ん…」
 朝、伝えたくて言えなかった一言を口にする。湖山の使うボディーシャンプーの匂いがする大沢の胸元から目に見えない湯気が揺れて、確かに大沢の匂いがした。
 



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