ホットケーキ続編のさらに続編【玉子焼き】
6.肌を重ねてしまったら
 唇をよけてキスをする大沢の濡れた髪の束が湖山の首を這った。
 「なぁ、ちゃんと、話そう?誤魔化さないで。」
 小さな喘ぎを飲み込んで湖山が言った。
 「ごまかしてない。」
 大沢が答える。
 「誤魔化してる。」
 「してない。」
 キスの合間に答える大沢が頭を上げて、二人は目が合うとプッと笑った。
 ベッドの上に起き上がって胡坐をかいた大沢は、オーケー、分った、と長い前髪をかき上げて湖山に向かい合った。

 「ちっさなこと、どうでもいいって思う?でも、こういう小さい事を重ねて行って、──きっと駄目になるときって、こういう小さい事を積み重ねてどうにもできなくなるんじゃないかって、俺、思うから。」
 湖山の瞳は大沢の瞳の奥を捉える。
 「そう…かもね。」
 大沢は繕うように微笑んだ。
 「でも、言えない事の方が多かったから、慣れてないんだ。」
 「でも、言って欲しい。ちゃんと、小さな事まで。胸の中にささくれ立っていること全部。手をつなぐことで伝わる事もあるし、何も言わないでも伝わる事もあるけど、でも、多分、言わないと伝わらない事の方が多い。肌を重ねたら、そっちの方が多くなるんだ、きっと。」

 そうなのだ。肌を重ねてしまったら、何もかもを伝え合った気になって、何もかもが伝わるのだとそう思えて、いつしか伝わらなかったものが何なのか分らなくなっていくのだろう。伝える事に倦むわけでもないのに、お互いの肌の温度に慣れれば慣れるほど、熱のやりとりも想いのやりとりも、どこかに置き忘れたように快楽の底へ沈んでいくばかりだ。

 心配しているから、大沢を大事に思うからこその言葉が伝わりきらない苛立ちを抱えて、それでもこうしてちゃんと伝え合おうよ、と言える今の自分を湖山はどこか別人のように思う。いつから自分はこんなに大人になったのだろう。

 「なぁ、大沢」
 「何?」
 「カメラマンの話、俺、煩かった?」
 「いいや。」
 言葉少なに答える大沢はきっともう、そんなことを思ってはいないのだろう。ただ何か彼の心の内にささくれ立ったものがあって、それをどうやって言葉にしていいのか探るように胡坐に組んだ自分の指先を摩っていた。

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