【続】三十路で初恋、仕切り直します。
法資の顔にはいつになく緊張した固さがあった。その表情のまま躊躇いがちに訊いてくる。
「おまえさ、本当に何も覚えてないのか?」
「『何も』って何が?」
「………俺に食われたときのことだよ」
法資が言っているのは、再会した桃庵で飲んで正体なく潰れて、彼と一線を越えてしまったあの夜のことだ。そうと分かって思わず口篭ってしまう。
「……もういいじゃない、その話は」
あの日に起きたことを話題にするのはなんだか決まりが悪かった。
法資の前でリラックスしすぎて記憶が飛ぶほど飲んでしまったことも、泥酔して恋人でもなかった彼と一夜を共にしてしまったことも、泰菜にとってはほろ苦い記憶だ。
たとえその相手が後に恋人になる法資だったとしても、あの失敗が法資と恋人になれるきっかけになったのだとしても、法資にお酒にだらしのないみっともない姿を見せてしてしまったというばつの悪さは未だに拭えずにいた。
「たしかによく憶えてないよ。けど深酔いしたときのことは自己責任だと思って反省してますから」
つい語勢が強くなってしまったのは、今更その話題を出されることに気まずさというか恥ずかしさがあったからだ。一方の法資は泰菜が口にした『反省』という言葉に、いっそう渋面になる。
「ああいうことになったのは自分の所為とか思ってるんだな」
「自分の所為っていうかお互い様っていうか。大人が2人揃って酔っ払って、それで何が起きたってどっちが悪い悪くないもないじゃない」
あれはお酒の席での失敗だったと、今でも泰菜は思っていた。けれど法資の認識は違ったようで。
「おまえ。……俺が酔った勢いでうっかりお前に手を出したとか思ってたのか?」
法資は信じ難そうに訊いてくる。