【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「長武課長はもうすぐお父さんになるんですから。いつまでも『こんなつもりじゃなかった』とか『俺の言うことが正しい』とか、そんな甘えたこと言って大事な奥さんを困らせたりしちゃ駄目ですよ?」
長武は反論したそうな顔をしながらも、泰菜の言うことにじっと耳を傾けていた。
「……そりゃ千恵ちゃんは、課長が思っていた以上に家のことが苦手だったのかもしれないけど。でもあの子、現場の仕事でも自分なりにがんばろうと奮闘してくれてた面があったでしょう?」
きっと家庭でも、大事にしてあげて長い目で見てあげれば、彼女なりにがんばっていい家庭を築いていける子だと思いますよ、とまた新しい煙草に火をつけた長武に諭すような口調で言う。
自分は出来た人間じゃないから、諸手を挙げて長武と千恵のしあわせを願う気にはならない。だけどふたりが不幸にならなければいいなとだけは思う。そう思えるようになったのは、今自分が好きな男からとてもたいせつにしてもらえているという実感があるからなのだろう。
---------早く法資のところに帰りたいな。
こんなところで自分はいったい何をしているのだろう。無性に法資のことが恋しくなって携帯で時刻を確かめる。時刻はもうすぐ7時。きっと今頃怒っているだろうけど、今すぐ法資に甘えたくなった。班長たちがきたら平謝りして、「どうしても今日だけはすみません」と言って抜けさせてもらおうかと考える。
長武は考え事に夢中になる泰菜を見てしばらく無言で煙草を唇に押し当てていたけれど、溜息のように深く紫煙を吐き出すと苦笑して言った。
「長い目で見てあげれば、か。さんざんおまえに生意気な態度取って、この前もおまえにひどいこと言った千恵のことそう言ってくれるなんてな。おまえは本当にお人好しっていうか……」
「違いますよ。わたしはお人好しなんかじゃありません」
長武の言葉を遮って、はっきりと告げた。
「そんなふうに言えるのは、今自分がすごく幸せだからです」
長武は泰菜の顔をもう一度だけじっくり見詰める。その満たされた表情を見て何か感じたものがあるのか、長武は目を眇めると、ものさびしげに呟いた。
「……おまえは。もう本当に他の男のものになったんだな」
その言葉を肯定するように、泰菜はただ無言でかつての恋人に微笑み返した。