ホルケウ~暗く甘い秘密~
赤銅色の髪を短く刈り込み、漆黒の瞳が強烈な光を放っているその警察官は、お世辞にも優しそうな人とは言えない顔立ちだった。
威圧感と存在感をこれでもかというくらい出しながら、彼は唐突にりこの手を引き、歩きはじめた。
「簡単に事情を説明してもらおう。なに、時間はとらせない。おい!誰か記録係を一階の会議室に呼べ!」
ぐいぐいとりこを引っ張るこの警察官は、どうやらここではかなり立場が上の人間らしい。
堂々と周囲の人間に命令を下す様は、まるで一国の王のようだ。
受付の真横にある会議室に通されてすぐに、記録係の若い男性がやってきた。
3人が揃い席につくなり、りこを引っ張ってきたいかにも俺様然とした警察官は、スーツの胸ポケットから警察手帳を取り出した。
ドラマとは違い、本物の警察手帳は焦げ茶色だった。
湯山彰。
北海道警察白川町署生活安全課勤務。
階級は、警部補だ。
(警部補って……確か、下から四番目に位置する階級だよね)
その昔読んだ警察小説の知識が、こんなところで生かされるとは。
自分も、何か身分を証明出来るものを提示したほうが良いかもしれない。
スクールバッグのミニポケットから学生証を差し出し、りこも自己紹介をした。
「白川高校2年の、春山りこです」
「早速だが、なにがあったのか話してくれ」
「はい。川辺で素振りをしている少年がいたのですが、素振りの音が止まって、続いて彼が悲鳴をあげたんです。私が橋から覗いた時には、彼は一匹のオオカミに押し倒されていました。二匹が、周囲を監視していました」
「なるほど。では……」
湯山が腰をあげ、何かをしようとしたその瞬間、彼のスーツの胸ポケットが震えた。
銀色の、今となっては俗にガラケーと呼ばれるその旧式のケータイの通話ボタンを押す前に、湯山は軽く会釈し、少しりことの距離を置いて電話に出た。
あまり芳しくない報告なのか、湯山の表情はみるみる曇っていく。
「そうか……いや、それだけで良い。上には俺から報告する。その子を搬送したら、お前ともう1人こっちに戻って来い」
(搬送?そんな、まさか…………)
冷や汗が額を伝う。
りこは、電話を切った湯山に恐る恐る尋ねた。
「どうかなさったのですか?」
「襲われた少年は、どうやらオオカミに噛まれたらしい。今、病院に搬送されたところだ」