ホルケウ~暗く甘い秘密~
車を走らせ、町民ホールを横切る。
カトリック幼稚園の広大な敷地を過ぎ、道路を挟んだその向こうに、その建物はあった。
木造建築の、二階建ての小ぢんまりしたその教会の名は‘’白川カトリック教会‘’。
湯山は別にカトリックではない。
そもそも、クリスチャンですらない。
しかし、この教会に住む神父と話すためだけに、彼はしばしばここを訪ねていた。
「スミスさん、起きているかい?」
インターホンを鳴らしてすぐに、教会の扉は開いた。
銀髪に碧眼の老人は、夜中の訪問者を控えめな微笑で迎え入れた。
「お久しぶりです。湯山さん」
スータンという、足首まで丈のある長いボタン付きの黒衣を身に纏い、銀の十字架を握りしめている格好を見て、湯山はすまなそうに肩をすくめた。
「祈りを妨げたようだな。すまん」
スミス、いや、ジェロニモ・スミス神父は澄んだ瞳を湯山に向けた。
「この教会の理念をご存知でしょう。あなたは、よっぽどストレスが溜まっている。でなければ、ここを訪れません」
白川カトリック教会の理念。
それは、聖書のある一節からきていた。
「疲れたもの、重荷を負うものは、誰でも私のもとへ来なさい。休ませてあげよう」
ごく最近立ち上げたホームページに掲げている教会の理念を、スミス神父は口にした。
彼の声は、湯山の心に沁みた。
「湯山さん、私を逃げ場所としてお使いなさい。今さら遠慮はいりません」
ここに来て、湯山はなにを話そうと思ったのか忘れてしまった。
いつの間にか、陰鬱としていた気持ちは消えている。
「ちょっと色々鬱憤が溜まることがあってな。祈りの邪魔しといてなんだが……たいしたことじゃなかったようだ。あんたの声を聴いたらイライラが消えた」
全身から滲み出るスミス神父の清らかなオーラにあてられたのか、湯山は苦笑した。
この慈愛をそのまま具現化したような人柄のため、スミス神父は町一番の人気者だ。
老若男女問わず篤い人望があるが、それに納得する者のうちに湯山も入っていた。
「主はあなたに救いの手を差し伸べられた。そういうことにしておきましょう」
どこか適当なスミス神父の口調に笑ったその時、湯山のスーツの胸ポケットが震えた。
今日何度目かわからない電話である。
スミス神父に一礼し、湯山は教会を後にした。