ホルケウ~暗く甘い秘密~
――――――――――――――――――――――



有原基樹は、非凡といえるほどの運動神経を持った少年だった。

野球部に入部するなり、一年生にして異例のレギュラーとなったが、それに驕ることなく、日々の自主トレーニングを欠かさなかった。

小学校中学年から日課としていた、毎日5㎞のランニングと、素振りを、その日もしていた。

金曜日、その日はいつもより早く、有原は自主トレーニングを切り上げた。

素振りをはじめてから約15分ほど、誰かに見られていることに気づいていたのだ。


(最近、学校でよく聞く不審者……?ケータイ持ってないし、いざって時は警察まで走るしかないか)


警戒していることに気づかれないように、自然な動作でバットを置くが、屈んだ有原が見たものは、今朝ニュースで話題になっていた、あの生き物だった。

音も無く眼前に現れた、一匹のオオカミ。

自分ににじり寄るその生き物の、ギラついた金色の瞳を見ると、声にならない恐怖が襲ってくる。

だが有原は諦めなかった。

ここの川縁は砂利がない。
バック走で少しでも距離を広げてから、土手を駆け上がって警察署に飛び込めば助かる。

いきなり走っても転ぶ心配はない。

一瞬の睨み合いの末、後ろに足を捌いた刹那、有原の胸に黒い影が飛び込んできた。
気がつけば、有原はオオカミに押し倒されていた。


(失敗した!)


冷静さが消え失せた瞬間、有原はめちゃくちゃに叫んでいた。

そして、さらに左右に二匹のオオカミが現れ、退路を断たれていることに気づき、パニックが頂点に達する。

そんな彼を嘲笑うように、オオカミはニヤリと笑い、前足にさらに力を入れた。

首筋に走った鈍い痛み、そのあとの朧気な記憶から、有原は悟った。

オオカミに噛まれた、と。

< 44 / 191 >

この作品をシェア

pagetop