僕らが大人になる理由


「あ、はい! こちらこそお世話になってます! 気を付けて帰ってくださいね」

「ではまた」


後ろ姿だったから、真冬の表情は見えなかった。

けれど、二人の会話を聞いていると、なぜだかすこし、胸がざわついた。


「あからさまに攻撃的だなーあの女」


光流がそう後ろで呟いていたのにも気付かないくらい、俺は数秒間、ぼうっとしてしまった。

あのときの真冬の表情が、気になった。





「お疲れ様です」


ラストオーダー後に、光流とあゆ姉は終電が近いため退勤した。


「お疲れ様です。光流君、あゆ姉さん」

「真冬ちゃん…洗い物少し残しちゃってごめんなさいね。全部紺ちゃんにやらせていいから」

「いやいやいやそんなわけには…」

「真冬ん、残ったお通し食っていいぞー」

「わーいっ」


3人がじゃれあっているのを洗い場から眺めながら、俺は白けた視線を送っていた。

今日はお客さんの退店も早く、お客様は残り1組のみだ。

店長がいない日に、真冬と二人で閉め作業をするのはそういえば今日が初めてで、なぜよりによって今日なんだ、と少し嘆いた。

まあ、色々と気まずく思っているのは俺だけなのかもしれないけれど。

そんなこんなで二人がいなくなり、お客様も帰り、真冬と二人きりになった。


食器を洗う水音と、真冬が机を引きずる音だけが店内に響いている。


いつもならしつこいくらい話しかけてくるのに、やっぱり今日は様子がおかしい。

かといって俺から話しかけるのもおかしい。そんなことそうそうないし。

沈黙が気まずいだなんて、久々に感じた。

しかしそれを感じているのは真冬も同じだったらしく、


「由梨絵ちゃん美人でしたねー」


と、笑った。
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