僕らが大人になる理由

そう言うと、由梨絵は俺に力いっぱい抱き着いてきた。

肩に由梨絵の涙の染みが広がる。冷たい。

しゃくりあげて震えるからだが、とても切ない。


「…じゃあ、わたしが幸せになることは、柊人君の幸せになるの…?」


由梨絵が投げたクッションや書類が、床に散らばっている。

自分の中にあった思いが、今、由梨絵の中に入った。

そのことが、体温から直に伝わってくる。


俺は、由梨絵の問いかけに、ゆっくり答えた。



「ようやく、分かってくれたのですね…」



由梨絵の痛みを分かってあげられるのは、俺しかいない。

俺は、由梨絵の秘密を、真実を、全て背負って生きていく。由梨絵の戸惑いも恨みも悲しみも、全部俺が背負って生きていく。


そんな風に思えたのは、由梨絵の誰かに愛されたいと言う思いを、痛いほど知っていたから。

それはまるで、本当の自分を見ているようだったから。

寂しさや憎しみを、隠さずに泣き叫ぶ彼女は、自分が殺した自分そのもだったから。大人になるために殺した自分だったから。



「柊人君、ごめんね…もう、縛らなくていいよ…」

「………」

「もう、自由になっていいよ…っ」

「……由梨絵」

「でも今日までは、わたしの柊人君でいてね…っ?」



俺は、そんな彼女をぎゅっと抱きしめた。

ずっと満たされていなかった彼女の心が、少しでも満たされるように。

これから先、俺がいなくても生きていけるように。

自分で自分を、守っていけるように。






お互い、正しい方向へ、歩んでいけますように。

そう、願って。





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