僕らが大人になる理由


…あたしはこの1年、守られてきたんだろう。ずっと。

あゆ姉や、光流君、店長、そして紺君に。

それなのにどうして、ろくに挨拶もせずに、突然勝手に消えようとした?

今のあたしは、なんて子供なの?

情けなくて、涙も出ない。


「………」


オルゴールを置いて、久々に部屋を出た。

財布だけ持って、駅に向かった。

あの、古びた木造アパートへ、向かった。

気持ちがまだまとまっていないまま。




東口から出て、交差点を右に曲がってすぐにあるレンタルビデオ屋、そこを過ぎたらぶつかるT字路を右に曲がってすぐの所。

人気のあまりない路地。

1年前、履歴書を持って、1人で向かった。

バイトなんてしたことのないあたしが、住み込みで働くなんて、あたしにとっては大きなチャレンジだった。

店長に採用してもらって、あゆ姉に溺愛されて、光流君にセクハラされて、紺君にうっとうしがられて。

でも、そんな風に守られてきた1年だった。


あたしにとっては、凄く凄く濃い1年だった。


あたしは与えてもらうばかりで、何も返せていない。

そんなのは嫌だ。

決めたんだ。1年前。紺君の前で誓ったんだ。誰かに何かを与えられるような人間になるって。


「え…」


しかし、辿り着いた食堂は、人が誰もなかった。

いつもはランチをやっている時間なのに。

電気もついていない。

不思議に思ってドアに近づくと、張り紙がしてあった。

そこには、“社員研修のため一日お休みさせていただきます”と書いてあった。

あたしは、思わずその場にへたりと座り込みそうになってしまった。

一気に気が抜けてしまった。


「なんだ……」
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