彼の腕の中で  甘えたくて
物産展をひと回りして昼食を軽くとり、午後は一番近いワイナリーを訪ねた。

やはり観光客が多かった。

「主任、昼間っから飲んでもいいんですか?」

「単なる試飲でしょ?」

「単なる試飲ね。」

白ワインの方が好きなので私は赤ワインには興味がなかった。

「主任はどうして白ばっか選ぶんですか?」

「単なる好みよ。」

「単なる好みね。」

私は樽が沢山並んだ蔵も見学した。

「何かしら?」私は耳を澄ませた。

案内人が私のそばに来て説明した。

「この音、わかりましたか?」

「何の音かしら?」

「こちらをご覧ください。ワインが熟成している音です。」

ボコボコ、ボコッ。

真新しい樽の上にガラス管が飛び出ていて中で赤い液体がボコボコと音を立てていた。

「正確には発酵する時に出る炭酸ガスの音なのです。」

「初めて見たわ。」

「ワインは生きています。お客様が口に含まれた時がワインにとって最高の晴れ舞台となるのです。」

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