彼の腕の中で  甘えたくて
私は前原主任と定時に社を出た。

「ショーに乾杯。そして新作に!」

「どうかな?この赤ワインの味は?」前原主任は私に聞いた。

「この味は忘れられないわ。ベルベットローズね?」

「正解!森田主任の新作はこのワインから始まったというもっぱらのウワサだ。」

河野くんって案外おしゃべりだったのね。

彼は要注意人物だわ。

「しかし残念だったな。半年前の前作のショーを担当できなくて。僕はその後に移動してきたから。」

「前はどちらにいらしたんですか?」

「福岡、その前は大阪、その前は名古屋、その前が東京。僕はタライ回しの身なんだ。皆が知らないだけでね。」

前原主任は意外にもよくしゃべった。

「移動しよう。この下の階で美味しいパエリアを食べさせてくれるんだ。僕がご馳走しよう。」

「来期も森田主任のショーを担当したい、に乾杯!秘訣を教えてほしい。ヒット商品を考案できる技だ。どうすればひらめくんだい?」

「インスピレーションの原点はその人の欲望そのものだと思うわ。こうしたい、ああしたい、こういうのが欲しいって言う単なる欲求なのよ。」

「ほぅ、そういうものなのか?で、今の君の欲望は何?」

「この美味しいパエリアとこのワインに溶かされたい、かな。」

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