Candy of Magic !! 【完】
ふと気がつくと、体育祭の途中なのだと思い出した。耳に届く喧騒。目の前にはクラスメートの背中。快晴の空の色。微量ながらも沸き上がっている土煙。
そして、ピストルの音。
ハッとしてスタート地点……つまり後ろを見た。ちょうどユラが先頭をきって走っているのが目に入る。
……さっきまでのは、夢?それとも幻想?
先ほどまでの体験はほんの一瞬だったらしかったが、意識がどんよりとしていたからか、頭がなんとなく霧がかかっているみたいにもやもやとしている。
でも、なぜかスッキリとしていた。その要因が思い当たる。
……緊張が、嘘みたいに解けた。
そんな確信が、ユラがバトンを渡して走りきり、こちらに手を振りながら歩いて来ているときに頭を過(よぎ)った。
私も笑みを浮かべて手を振り返す。
「さて、まだまだ勝負はわかんないわよ?」
「大丈夫だよ。ユラもソウル君もヤト君もいるんだから」
「問題は黒よね。あそこが肝よ」
ユラはぎろりと黒の走者を睨んだ。もしユラの視線に気づいていたら顔を真っ青にしていたに違いない。その視線はまるで獲物を虎視眈々と狙う猛獣が如く、ギラギラと輝いていたからだ。私だってそんな目で見られたくないよ。
「ちょ、やめなよそんな目で見るの」
「え?……ああ、ごめん。乱視だから」
「あ、なるほど……でも怖いってその目」
「うーん……そんな、悪気はないんだけどなあ」
お互いに苦笑いをする。確かに乱視なら目を細めて必死に見ようとするよね。そうなると自然に眉間にしわは寄るし……
なんか、ユラのおかげでいつもの調子が戻ってきた感じ。安堵だけが心を占めていく。
ユラが友達……いや、親友でよかった。
「……何笑ってるのミク」
「え?……あ、いや。ユラが親友で良かったなって」
「何を今さら。あたしたちはいつまでも親友よ。卒業したって嫌ってほど連絡を取り合うんだから」
「うんうん。手紙とかね」
「我慢できなくて家まで押し掛けちゃうかも」
「そしたら手作りケーキでも作って待ってるよ。これでもスイーツは大体作れるんだ」
「女子力高~い」
「そうかな……あはは」
ユラが拗ねたような口調で髪をくるくると指に巻き付けるから思わず笑ってしまった。やっていた本人もクスクスと笑っている。
「おい、何応援サボってやがんだ」
「あら人聞きの悪い。ミクはあたしにエールを送ってくれてたのよ」
「それなら俺にもくれ」
「デカイ態度取ってるんじゃもらえないわね。残念ね、王子様」
「……」
「あ、酷くね?俺が王子って言ったらっ、ととととと。あっぶねーなヤト!すね蹴るんじゃねぇよ、しかもまだ俺も走るんだぜ?」
「問答無用だ」
「無用もなにもあるかいっ!」
ぎゃーぎゃーと私たち(私を除く)が騒いでいるもんだから他のクラスメートたちにちらっと見られた。そのあとは声のボリュームを下げてこそこそと話す。
「ヤトは向こうスタートでしょ?さっさと戻りなさいよ」
「別に。暇だしおまえらのプレッシャーを少しでも緩和させようとわざわざ来てやったんだ」
「まあ憎たらしい言い方ね。黒に負けそうだからイライラしてるんじゃない」
「んなわけあるか」
「んなわけあるわね」
「……真似されると変な感じする」
「あたしもやった後ちょっと後悔した」
そこでもクスクスと笑いが起きた。3人がきょとんとしている。そして視線が私に注がれた。
……え、何?
「今のってミク?」
「えっ……」
もしかしたら無意識に笑ってたのか。そうしたらさっきのクスクス笑いは私になる。
よくわからないけど申し訳なく思った。
「ご、ごめん……なんか気に障ったのなら謝るよ」
「ううん……そんなんじゃないんだけど、なんか色っぽかったから」
「へ?」
「なんか、大人の女性って感じの声だった。見てよ、ヤトなんか声の主がミクだってわかって顔真っ赤にさせてる」
「……うるせぇよ」
「なんかね、こう……無邪気な感じだったの。ミクって色々と抱えてそうだから、いつも笑ってても作り笑いっていうか……あ、変な意味じゃないんだよ?だからね、あたしたちはご機嫌とりってわけじゃないんだけど、気を使ってて……なんか、上手く言えてないね、ごめんね」
「そんなこと……」
私は頭をぶんぶんと横に振った。それに、ユラの言いたいことはわかる。
それはね、私がたまに感じる疎外感が原因なんだよユラ。私は無意識に一線を引いてしまうんだ。正当防衛って言うのかな、大切な人ほどこんな自分と関わっていてもたいしておもしろくない。だからつまらなくなる前に自分から身を引こうとしてしまう。
だから、自分では笑ってると思ってても周りからは作り笑いっぽく見えてしまうんだ。楽しいよ?楽しいんだけど……この会話が途切れたら静寂が訪れて気まずくなってしまうんじゃないかって……そんな思いが頭の片隅にいつも居座っているんだ。
マナが見える私と見えない誰か。誰かをユラだとしよう……その見える見えないだけでも、ユラは普通の子で私は変な子。片隅に居座っている感情がそう区別してしまって、ユラに近づくのを無意識に止めているんだ。
私は違う。そこにいるべき人間じゃないって……そこは相応しい場所じゃないって……
すべては、私が悪いんだよ。臆病なだけなんだ。