悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence

19.凍てつく雨 -飛翔-


由貴と別れてマンションを飛び出した俺は、
そのまま鷹宮に入院している母親の病室へと足を向けた。


シーンと静まり返った病室のベッドサイドに
腰掛けると眠っていたはずの母が、目を覚ましたのか
「飛翔」と俺の名を呼ぶ。



「なかなか来れなくてすまない」

「大丈夫よ。
 飛翔はお医者様になるために大切な勉強しているんですもの。

 お母さんは大丈夫よ。
 安田先生も、順調に回復しているっておっしゃってくださったわ。

 そんなこと飛翔に説明しなくても、飛翔は知ってるのにね」



そんなことを言いながら、布団の中からゆっくりと伸びてきた
細い手が俺の頬に触れる。



「ごめんなさいね。
 お母さんが倒れてしまって。

 今が飛翔にとっても一番大切なのは、
 わかっているつもりなのに……。

 貴方が一番辛い時に、傍で支えてあげられないなんて
 お母さん失格よね……」


力弱い声音で紡がれる母親からの懺悔の言葉。


そんな声を紡がせるために俺は此処に居るわけじゃない。



「……そんなことない。
 俺は充分に恵まれてたよ。

 父さんと母さんが居て、由貴達と出逢えて。

 母さん院長先生がさ、家のことを片付けろって
 研修を中断して休みくれたんだ。

 今、徳力では神威と華月の居場所がわからない。
 兄貴の札を持ってても、俺にはどうにも出来ない。

 自棄【やけ】おこして荒んでたら、由貴に……説教くらった……」



語尾が小さくなりながらも、今の俺自身の状況を告げると
母さんはベッドの上で少し体を起こして、やんわりと微笑む。


「今日は此処に居るよ。
明日の朝、総本家まで行ってくる」


そう言うと母さんを支えながらベッドに横にさせて、
掛布団を整えてやる。

そのまま隣の簡易ベッドで横になりながら朝を迎え、
俺はマンションへと戻ると地下駐車場から愛車に乗り込んで
ある場所へ向かう。



それは由貴と時雨が一緒に生活している金城家。


何度となく邪魔したことがある道程を
車で走らせると、時雨のCIMAを確認した。


この時間だと、由貴は鷹宮に出勤してる。



金城家の駐車場に車を停めて玄関まで移動すると、
自宅のチャイムを指先で鳴らす。
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