捨て猫にパン
雨で濡れたヒール高めのパンプスを見て、今更ながらハッと気づく。


この部屋…男の人初めてだ…。


いや、いや、それはそれとして今は関係なくて、社会人としてきちんとこの人にお礼を言うべきであって。


「上がらせてもらうよ?」


「ハ、ハイッ!狭い部屋ですが、どぞ…」


「おじゃまします」


小さなソファーにかけてもらい、あたしはキッチンへ直行、何か特別なことがあった日以外使ったことのないバリスタにエスプレッソのシステムパックをセット。


ゆっくりとカップにコーヒーが注がれるのを見て、なんとなく、噛んだ両手の甲をさすった。


「痛む?」


「え…?」


自分で発したのと同時に、あたしは電車の中からずっと俯いたままだった目線を初めて上げた。


いつものあたしの部屋のソファーに座っていた男の人は。


嫌味じゃない茶色い髪に、ゆるめのパーマをかけていて。


切れ長の目、高く通った鼻筋に、上品な口元。


左目下にある色っぽい小さなホクロ。


…テレビの中でしか見たことないよーなイケメンさんだ…。


───不整脈です…。
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