捨て猫にパン
「痛む?」


もう一度繰り返した口元は、静かな渋い声を柔らかく部屋に響かせた。


内出血だらけの手で少し震えながらカップを持ち、ソファーに向かい合わせたテーブルの上へゆっくり置く。


「痛みには慣れてますから…平気です」


「慣れてるって?」


「噛むの…クセで…」


「小さくてかわいい手、かわいそうだよ」


「…え?」


「君も、ね」


コーヒーをすすった男の人は、チラッとあたしを見て、


「ちょっとケータイ」


スマホを手早くタップすると、急に柔らかさから凜々しさにモードを変えた。


「おはようございます、倉持です。ハイ…すいません、朝から熱出してしまいまして。様子を見てたんですが下がる気配もなくて、連絡が遅れて申し訳ありません。ハイ、今日1日、休みをいただきたいのですが。…よろしくお願いします。失礼します」


通話が終了すると、


「君も」


「はぃ?」


「会社、電話しないの?」


「あ…」


時計を見ると、とっくに出社時間過ぎ。


慌てて鞄からスマホを出してみると、バイブモードだったケータイには、メイ先輩からの着信アリ。


すぐにメイ先輩、続けて主任へ電話。


とっさの言い訳は倉持さんと名乗った男の人と一緒で、


「ごめんなさいっ、スイマセン!」を連発して電話を切った。
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