捨て猫にパン
“痴漢”


その言葉にまた嫌な感情が湧いてきて、あたしは右手の甲を噛む。


「もういいだろ。自分をイジメちゃいけない」


そう言って倉持さんはタバコの火を揉み消しながら、あたしの手をそっと口からはがしてくれた。


「自分で自分を傷つけちゃいけません」


「ハイ…」


包んでくれるその大きな手は、どうしようもない感情をストンと消化してくれる。


さっき会ったばかりのこの人、倉持さんは。


魔法のようなそのあたたかな手で、あたしの気持ちを救ってくれる。


何なんだろ…この気持ち…。


晴れ間の見え始めた空のように、心の雲も晴れてくる。


いたたまれなかったグレーの気持ちが、ちょっぴり珊瑚色に色づいていく。


隣の倉持さんが近くて。


不整脈が治らない。


どうしよう…。


握られた手、汗かいてきちゃうよ…。


きゅっ、っと手に力を入れたら、重なっていた手がほどけた。
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