先生がくれた「明日」
「ねえ、先生。」


「ん?」



高速に乗って、もう1時間以上走っている。

でも、まだ着く様子はない。

随分遠くに来た気がしていた。



「先生の話が聴きたい。」


「俺の話?」


「うん。何でもいいから。昔の話とか、趣味の話とか。」


「うーん、そうだなあ。」



先生は、ハンドルを握ったまま考え込んだ。



「初恋の話、していいか?」


「初恋!?聴きたい!」



どうして急に、そんなことを話したくなったのか分からないけど。

先生と恋の話をすることは、今までずっと避けてきたから。

なんだか嬉しかったんだ。



「なんかなあ、よくある少女漫画みたいなシチュエーションの初恋だったんだよ。」


「少女漫画?」


「ああ。俺とそいつは、幼馴染だった。」



いいなあ、と思う。

素直に羨ましい。

先生が幼い頃から、ずっとそばにいられたなんて。



「ずっと仲良くしててなあ、でも中学の時に、初めてそいつのことを意識するようになってしまったんだ。」


「うん。」


「そしたら、今までみたいに関われなくなってな。なんだか、距離ができてしまった。」



本当に少女漫画みたい。

よくあるやつだ。



「クラスに1人、すごくモテる男がいてな。そいつを俺は、いつもライバル視してた。」



先生も十分かっこよかっただろうに。

張り合ってたなんて、なんか可愛い。

その頃の先生が目に浮かぶようで、自然と私の頬は緩む。



「俺と彼女は、家族ぐるみの付き合いだったんだ。だから、毎年、夏休みには一緒に花火大会に行ってたんだよ。」


「花火大会。」


「その年は、いつもと違う気持ちで花火大会の日を迎えたんだ。」



なんだか、ドキドキしてくる。



「彼女の家族と、俺の家族が落ち合って、土手にシートを引いて場所取りをした。それでも、花火が始まるまでには時間があるから、親同士で持ち寄った料理をつまみに、一杯やり始めるんだ。」


「ふふっ、よくあるやつ。」


「そう。だけど俺らは酒は飲めないから、いつも二人で屋台を回ってた。……何となく、決まりみたいにその年も、彼女と俺は一緒に回った。」



その情景が脳裏に浮かんだ。

ちょっと緊張してる先生と、可愛い浴衣を着て、髪をアップにした少女。



「彼女はずっとはしゃいでた。だから、俺も嬉しくなって、その日は子どもに帰ったみたいに、彼女と自然に接することができた。だから、うぬぼれてたのかもしれない。」


「え?」


「向こうから、クラス一のモテ男が来ても、平気な顔してたんだ、俺は。……でも、彼女は違った。」



先生が、切なさと懐かしさの混じったような顔をする。



「あ、高井君だ、って言って。頬が染まって見えた。……しかも悪いことに、高井って言うんだけど、そのモテ男は彼女に話しかけたんだ。」


「それで、どうなったの?」


「一言二言交わした後、彼女は俺を振り返ってさ。ごめんね、高井君と一緒に回るから、シートのとこで待ってて、って。」


「あちゃー。」


「ショックだった。ただでさえライバル視してたやつに、目の前で彼女を奪われて。それも幼馴染のな!」



肩を落とした先生が、一人で親のところに帰ったなんて可哀想すぎる。

可哀想すぎて、なんか笑えてしまう……。



「それにだ。追い打ち。」


「まだあるの?」


「花火が始まっても、彼女は帰ってこなかった。それで、花火が終わってから帰ってきてさ。……目をキラキラさせながら、みっちゃん、高井君と付き合うことになった!って、あろうことか本人から報告されたんだ。」


「え、ちょっと待って。その女の子に、みっちゃんって呼ばれてたの?」


「ああ、そうだ。だから、歩に最初に呼ばれたときは、猛烈に懐かしくなったよ。」



先生、先生が愛おしい。

そんな悲しい初恋の記憶を、大事に取っておいている先生が愛おしい。



「そいつら、大学を卒業してUターン就職して、結婚したよ。」


「え、中学からずっと付き合ってたの?」


「いや、色々あって高校のときに一度別れたらしいんだけど、大学のとき同窓会で再会して再燃したらしい。」


「高校のとき、奪えばよかったじゃん。」


「人のもの奪うような趣味は、俺にはないよ。」



ふっと笑って、先生は言った。



「さあ次は、莉子の番。」


「え、私?」


「そうだ。まだ道のりは遠いぞ。」



一体どこまで行くんだろう。

いっそこのまま、誰にも触れないところまで行ってしまいたい。

一瞬、そんなことを考えた。
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