先生がくれた「明日」
「莉子、こっち!」


「待って、先生!」



濡れた髪をタオルで拭きながら、先生を追いかける。

先生の髪は濡れたままで、それがなんだか色っぽかった。



「こんにちは。」


「いらっしゃい!」


「西瓜、二切れくれる?」


「はいよー!」



喫茶店というにはお粗末な、小さなお店。

だけど、なんだか風情があって、すごく素敵。

外に古いパラソルで日差しを遮ってあるテーブルが、いくつかあった。

先生は、適当にそこに腰を下ろす。



「こういうのも、いいだろ?」


「こういうお店で、西瓜なんて注文できるんだー。」


「ああ。確かにあんまりないよな。」



お盆に載った、二切れの西瓜がやってくる。

ほんとに見事な一切れだ。

夏の代名詞みたいな、半円型。



「嬉しい!」


「お前、ほんとに何でも喜ぶなー。」



先生は、私が喜ぶたびに、嬉しそうに目を細める。



「今時珍しいよな。お前みたいに新鮮な反応をするやつ。」


「そう?」


「ああ。」



だって、本当に嬉しいんだもん。

先生といるだけで、世界があまりにも輝いて見えるんだ。

口にするものが何もかも、おいしくてたまらなくて―――



「この後、この辺の店とかちょっと見ような。で、夕方になったら、」


「……夕方になったら?」


「屋台、一緒に回ろう。」


「え?」


「今日、お祭りなんだ。」



それじゃあまるで、先生の初恋をたどっているみたい。

先生の、さっきの切ない話を思い出す。

幼馴染を、目の前で奪われてしまった先生。


先生、私はいなくならないよ。

どこにもいかない。

先生だけを、この瞳に映してる。

だから、切ない顔をしないで、先生―――



「楽しみだな!」


「楽しみにしてろよ?俺、金魚すくいが得意だから!」


「えー、ほんと?」


「ほんとだ!」



先生と過ごすひとときは。

子どもみたいに純粋で。

ちょっと甘くて。

それでいて、いつでも切なさが漂っていた―――
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