過ちの契る向こうに咲く花は
「ああ、確かに。葵さんってそういうことは気にしない世界を持ってそうだよね」
「え……そう、ですか」
 なのに鳴海さんにまで納得されてしまうと怒るに怒れない。中途半端に火がついた感情が虚しく威力を弱める。
「だってたまに女の子が給湯室で楽しそうにくだらない無駄話してるの見るけど、葵さんはそこにいたことないもんなー」
 にこにこと悪びれた様子もなく、くだらない無駄話と言い切った鳴海さんを見て、怒りの感情が恐怖へと傾いた。
「す、すみません」
 思わずそう口に出てしまう。
「お前が謝ることじゃないだろう」
 それを何故か伊堂寺さんにフォローされる。

「葵さんは公私混同しないだろうし、仕事もきちんとこなしてるし。二十四にしたら多少しっかりし過ぎだよね」
 褒められてるのかそうでないのかが段々わからなくなってきた。鳴海さんがのほほんとしたタイプなのは知っていたけれど、これはどちらかというとわかっててやる昼行灯タイプじゃなかろうか。

 曖昧に笑い返してミネラルウォーターをひとくち飲む。お茶もコーヒーもジュースもない、と言っていたからしかたがないんだけれど、ピザにはいまいち合わないなと余計なことを考えておくことにした。
 ピザは、おいしい。宅配といっても私なんかがいつも利用するようなやつじゃなかった。生地も厚めのもので私の好み。

「そうそう、あと眼鏡取ったら結構かわいいよね。コンタクトにしないの?」
「え?」
 しかしいつお暇しようか、と時計を確認したところで鳴海さんが変なことを言ってきた。
「前休憩所で眼鏡取ってるの見たことあるんだけどさ、なんかもったいないなーって。そんな眼鏡よりコンタクトにしてみたら?」
 おかしい。それは嘘だ。
 会社で眼鏡を取るのは、女子トイレの中だけだ。
「目の中に何か入れるのって、なんか怖くて。それに別段、変わりませんよ」
 鳴海さんは一体何を、とうかがうもその表情からは読みとれそうにない。いつものにこにことした笑顔で、他愛もない会話のように声を弾ませている。
 かといってヘタに突っ込んで墓穴を掘りたくもない。とりあえずここは流しておくべし、と判断する。

 適当に相槌をうって、控え目に笑って会話をやり過ごす。
 会社で変な勘違いをされないように、伊堂寺さんとも上司と部下のラインをしっかり引いておきたい。
 そのためにも、話を広げてしまうのは避けたかった。無難な話題だけを延々と続けていたい。
 不思議だった。よもや私が、会社の跡継ぎとその親会社のご子息と共にピザを食べていることが。きっと二度とないだろうなと思って、これはこれで貴重な体験だと記憶しておくことにする。
 
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