過ちの契る向こうに咲く花は
 そうやって一通り食事が終わる頃には、既に午後九時になろうとしていた。
 明日も仕事だし、ここがどこだか正確には把握してないし、さすがにそろそろ帰りたくなる。
「あの、そろそろ」
 長く居座っても迷惑だろう、とそこは素直に口にしておく。
「もうこんな時間なんだ。送ってくよ」
「いえ、大丈夫です。最寄りの駅だけ教えてもらえれば」
「えー、でも女の子の一人夜道は怖いよ?」
「いつも、会社終わるのこれぐらいじゃないですか」
「会社とここは別」
 そうだろうか、と想像する。会社から駅までは確かに近い。道も大きいし人通りも多い。だけどその分、変な人がたまにいる。
 それに比べ、車で連れられてきたからよくは見ていないものの、この近所は閑静な住宅街、しかもお金持ちの、といった雰囲気。治安も悪くなさそうだし、静かで歩きやすそうだ。

「こいつもどうせ帰るんだ、送られとけ」
 伊堂寺さんがぶっきらぼうに言った。
「でも」
「あ、まさか俺より巽のほうがいいとか?」
「いえ、それはないです」
「はっきり言ってくれるな」
 それは自分の胸にお聞きになってください、と心の中で伝えておく。

 互いに引き下がらない状況ができてしまって、もうここは折れておくか、とちょっと考える。そもそも被害に遭ったのは私だし、通勤ルートじゃないから交通費もかかるし。
 鳴海さんなら話慣れているのもある。今日のお詫びに送られたところでまずいことはないだろう。
「じゃあ、申し訳ないですけれど、鳴海さん」
 お言葉に甘えて、という本日二度目のフレーズを口にする。

 その後の展開は早かった。鳴海さんが買ってきてくれたケーキを持たされ、後片付けも叶わぬまま伊堂寺さんの部屋を出ることになる。あまりにぱっぱとし過ぎて、こちらが追い出されたみたいだった。
 玄関を出るときも、伊堂寺さんはそこにいただけ。鳴海さんは慣れているのか「じゃあまた明日ね」と笑顔で行ってしまう。
 なんとか頭は下げたものの、これでいいのかというぐらい、なってない退出だった。

「ごめんね、無愛想な奴で」
 車中、鳴海さんが笑いながら謝ってくれる。
 鳴海さんの車は、海外メーカーのものだったけれど、右ハンドルで後部座席もあって、乗り心地も良いものだった。カーステレオから洋楽が流れているのもあって、息苦しさはほとんどない。
「色々……びっくりしました」
 具体的には列挙しない。きりがないからだ。
 
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