過ちの契る向こうに咲く花は
「対価を払う、と言ってもお前は怒るだろうしな」
「いや、あの、伊堂寺さん」
「わからんから素直に聞くが、お前が一番して欲しいことはなんだ」
 このひと、人の気持ちが読めないばかりか、空気も読めないのではなかろうか。
 それに私が一番して欲しいことなんて決まっている。解放してくれ、そしてもう二度と婚約者だなんて言わないでくれ。これに尽きる。

「もし今思い浮かばないのなら、一ヶ月の間に決めてくれればいい。必ず応える」
 なんか、いつの間にか婚約者になることが前提のような。
 いやだから、そこがまずおかしいのですが。
「それでは不服か」
「不服って、え、あの」
 なんだろう。この空気。
 確かに、私は婚約者となることによって得る利益が対等ではない、と言った。
 だけどじゃあ対等になるならば了承するとは言っていない。

「一番の願いは、今すぐ解放されることですが」
「悪いが俺も必死なんだ」
「必死……に見えませんが」
 予想外の単語に少々面食らってしまった。だって今そう言った顔ですら、そうは見えない。無愛想でいて不機嫌。
「いい歳にもなって親にも逆らえない情けない奴だと思ってるだろうが」
 そこまでは思っていませんでしたが。
「今まで散々刃向かってきたからな。ちょっとばかし、親の希望も聞いておこうと思っただけだ」
 そしてそう言われると、なんかこう、無碍にできない雰囲気が滲みでてきてしまうんですけれども。

「って、だったら余計にご両親が選んだ方と過ごしてください!」
 なにをいい話に持っていこうとしてるんだ。
 しかも今、明らかに舌打ちしましたよね。思いっきり顔を歪ませて。
「いい加減、言うことを聞け」
「いやいや、なに命令してるんですか」
「泣き落しでも聞かなければ、実力行使だろう」
「泣き落し、今のが泣き落しですか」
「うるさい。わかった、黙れ」

 いい加減、無限ループで疲れてきた。叫んだせいか喉も乾いてきたしお腹も空いてきた。
 どうしてこんなことになるんだろう。そう思い俯いていたら、いきなり視界に伊堂寺さんの顔が入ってくる。
 なぜ、いきなり膝を折った。

「親ではなく俺が、自分の意思でお前を選んだんだ。お前がいいと。だから頼むから、すこしの間だけ面倒なことにつきあってくれ」

 やっぱり美しさは罪だ。
 つくづくそう思った。
 きれいな顔が、無愛想さをけして真剣な瞳でそんなことを言ってくる。
 お前「で」いい、ではなく。
 
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