過ちの契る向こうに咲く花は
 スーパーで値段と食材から考えた結果、今夜は豚の生姜焼きとキャベツの味噌汁にすることにした。今から作ることも考えると、凝ったものは到底できない。
 いくら自炊しないからといって、最低限の調味料はあるだろう。そう信じて会計を済ます。

 外は真っ暗で、今日は星がいくつか見えていた。
 伊堂寺さんはもう帰りついているだろうな、と急いで覚えたばかりの道をゆく。
 住宅街は静かで、でもところどころ明るくて、なんだかちょっとさみしかった。

 まだ違和感たっぷりのマンションに入っていくと、ちょうど伊堂寺さんがエレベーターの前に立っていた。手に何か抱えている。
 すぐに向こうも気づいて、微妙な挨拶を交わす。

「なかったから買っといた」
 エレベーターの中でそう言われて、なんのことだとその手の荷物を確認すると米袋だった。それすらもないとは考えていなくて、せめて醤油と味醂はあってくれと願わずにはいられなかった。
 まあ結果、基本的な調味料もその荷物の中に含まれていたのだけれど。

 まずは部屋に戻り、スーツを脱いでキッチンへと直行する。
 調理をしている間に、伊堂寺さんはシャワーに行っていた。なんだか新婚さんみたいな雰囲気が出たら嫌だと思わず顔に力が入る。
 考えてみれば、男性と同棲どころか共に住んだこともないのだ。常に母一人子一人。そのあとはずっと独り。不安を抱えつつも、どうしようもないと諦める。

 その後は、なるべくよけいなことを考えず料理を進めていた。やがてご飯の炊けるにおいと、生姜焼きがちょうど焼けるころには、伊堂寺さんもリビングに戻ってきていた。
 食器は揃っていた。元々婚約者と暮らすつもりで部屋を用意したぐらいなのだから、食器も買ったのだろう。遠慮なく使わせていただく。

「ご飯の用意ができました」
 ダイニングテーブルに並べてそう呼ぶと、伊堂寺さんはすぐに来てくれる。そういえば、昨日は部屋着姿を見ていなかった、と思ったら、デニムにシャツという普通の格好だった。普段を知らないけれど、いかにも部屋着な私が恥ずかしくなる。

 いただきます。挨拶はきちんとして食べ始める。
 伊堂寺さんの食事のマナーは、おそろしいほどきちんとしていた。背筋もしっかり伸びているし、肘をつくこともないし、箸の持ちかたもきれい。
 私が今までに付き合ったひとといえば、口にものが入ってても喋り続けたり、いわゆる犬食いをしたり、何かしら駄目なひとばかりだった。まあそれが耐えられなくて別れたひともいるのだけれど。食事のマナーだけはひどいのは我慢できない。
 
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