過ちの契る向こうに咲く花は
 伊堂寺さんが食べているのをじっと観察していると「なんだ」と怪訝に問われる。
「あ、いえ。お口にあうかな、と心配でして」
 半分だけほんとうのことを言う。味に不安があったのは事実だ。
「心配するな」
 返ってきたのは、評価とも言えないことばだったけれど、それでよしとする。彼ならばそんなものだろう。実際、どれもきちんと食べられているのだから悪いわけではなさそうだ。

 静かなダイニングで、食事は進む。互いに気遣い無用のルールが活きていた。共に食べるひとがいるのに会話も少ないのは気まずさもあったけれど、なんの話をしてら良いかもわからなかった。
 彼から話題が提供される気配はない。だから黙々と自分の作ったご飯を食べる。とはいえ、ただひたすら、というのもやっぱり嫌なことを考えそうだったから、明日からの夕食のことを予定していくことにする。手軽に作れて、おいしくて、無難なご飯。

「そういえば」
 もうそろそろ全てがなくなりそうな頃、突然伊堂寺さんが口を開いた。でもそれは急に思い出したとか、沈黙に耐えられなくなったとかではなく、純粋に今しようと思っただけに見えた。
「今日、野崎すみれに会った」
 そしてタイムリーな名前を出される。まあ私のことは言っていないのだから、私にとっては地雷でも、彼にとってはそうでないのだからしかたがない。
「そうでしたか……美人、だったでしょう」
 いったいどの方向にこの話題が向かうかもわからず、とりあえず返す。
「ああ、まあそうだな」
 伊堂寺さんも同じ口調のまま答える。

 ご飯を持つ手が、僅かに震えていた。なんでだとびっくりして、茶碗をテーブルに置く。
 伊堂寺さんは、もう食事を終えてしまった。

「それに随分と」
「ごちそうさまでした」
 その声を遮って、私も食事を終える。まだお皿にはすこし残っていた。ラップをして明日また食べることに今決める。
 私の声に、伊堂寺さんがちょっとだけ目を見開いた、ように見えた。それが驚きの表情なのか否かは、つきあいの浅すぎる私にはわからない。

「すいません、今日は疲れちゃって。お風呂いただいたら、すぐに寝ます」
 続けて怪訝そうに眉根を寄せた顔に向かっていいわけをしておく。ふたりぶんの食器を片付け、シンクへと持っていく。
 それ以上、伊堂寺さんは関わってこないようだった。しばらくしてリビングに戻っていく。
 
< 43 / 120 >

この作品をシェア

pagetop