過ちの契る向こうに咲く花は
 出てきたコーヒーカップは、おそろいのものだった。それがなんだか気恥かしいけれど、よく考えなくても食器だってそろってたんだから、そういうことだと気づく。それに同じ食器をそろえることぐらいよくある。
 好きなだけ入れろ、と一緒に出された砂糖とミルク。それを混ぜて、キッチンに立ったままひとくち飲む。
 インスタントとはいえ、あたたかくておいしかった。

「伊堂寺さん、夕食は」
「食べてきた」
 念のため聞いてみたけれど、メモ書き通りの答えだった。
「お前は今から作るのか」
 私が手に持っていたスーパーの袋を見て聞いてくる。
「はい。まあひとりだと思って焼きそばですけど」
 そう答えると伊堂寺さんは自分のぶんのコーヒーを持って、キッチンを空けてくれた。

 ところが、伊堂寺さんはダイニングから出て行きはしなかった。
 それどころかキッチンカウンターの前に立って、私が動くのを見ている、ような気がする。監視されているわけではなさそうだけれど。
「あの、なにか」
 野菜と肉を切りながら、漠然と問うてみる。
「いや」
 そう答えられて顔を上げると、目があってしまった。

「人が料理しているのを見るのが、好きなだけだ」
 相変わらずの表情で、ちっとも好んでなさそうに言う。
「プロみたいに手際よくできませんけれど」
 変わった趣味だとは思わない。私も、厨房が見える飲食店にいくとつい目がいってしまう。
「プロを見ているわけではないのだから、期待はしていない」
 続いたことばには思わず笑ってしまった。といっても苦笑いみたいなものだ。
 確かに、期待してみたりはしないだろう。熟練の主婦というわけでもないのだから。

 じゃあ気にせずさっさと作ってしまおう。そう思えど、誰かに見られながら調理するのは若干照れくささがあった。
「今日、鳴海さんに話を聞きました」
 喋りながら手を動かしているほうが気がまぎれる。そう思い、昼のことを思い出す。
「伊堂寺さんは、復讐がしたいんだ、って」
 テレビ番組とか、ニュースとか、会社でのこととか。そういう共有できる話題はひとつもなかったから、自然と話題がこうなってしまう。
「誠一郎は、勝手な妄想が過ぎるんだ」
 伊堂寺さんはすこしだけ眉をひそめて、ため息をついていた。

「努力が認められないのって、苦しいですか」
 フライパンを温めながら聞いてみる。すべて鳴海さんの妄想だったらきっと関係のない話。
「お前はどう思う」
「質問を返すのは、どうかと思います」
 豚バラ肉を投入する。
「人に聞くときは、自分だったらどうかも考えてるだろう」
 油が跳ねた。
 
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