過ちの契る向こうに咲く花は
 わからない。疑えばきりがないし、かといって私は伊堂寺さんを無条件で信用できるほどつきあいも長くない。
 
 ふかふかのベッドに全身で沈み込む。スーツが皺になるとか、化粧したままだとかどうでも良かった。なんとも言えないもやもやが全身を包みこんでいく。
 誰かに相談できればいいのに。
 でも今の事情を知っているのは当人のふたりのほかは鳴海さんしかいない。私は鳴海さんの連絡先を知らないし、明日明後日は会社も休みだ。
 つまりあと二日はこのもやもやを引きずらねばならないのだろうか。

 そう思うとよけいにだるくって、これはもう気分転換にシャワーでも浴びてさっさと寝てしまおうと思い立つ。
 うじうじと考えていたってしかたがないときはしかたがない。明日には伊堂寺さんの機嫌がすこし治っていて、話ができるかもしれない。

 ならばもう急げといわんばかりに、部屋着に着替え風呂に行く準備をする。まるで旅館で温泉に行くように、着替えを小さな手下げにつめる。
 ところが洗面所に向かうとまさかの鉢合わせだった。確かにお風呂はどちらが先とも決めておらず好きなときにだったのでこういうこともあるだろう。だけどなんでこんな日に限って。

「お先に、どうぞ」
 となれば私が遠慮するしかない。ここは伊堂寺さんの家なのだから。
「いや、いい」
 だけど伊堂寺さんはそっけなく、それだけ言ってリビングへと戻っていく。
 それがまだ普段の口調で言われたならば、じゃあお先にいただきます、と素直に入ってゆけるのだけど、あの顔ではちょっといただけない。
 なんでそこまで、無愛想を通り越して不機嫌なのだろう。

 そう思いながらその背中を軽く睨んでいると、伊堂寺さんが不意に振り返った。
 慌てて顔の筋肉を緩める。たぶん遅いけれど。
「ああやって笑って冗談言えるんだな、お前」
 それだけだった。伊堂寺さんはこれもまた感情の起伏なく言い放って消えてゆく。

 いったい、何が言いたかったのだろう。
 たとえばこれば、笑いながら言われたのならばこっちも笑って言い返せる。
 だけど今のは完全に吐き捨てるような口調だった。どちらかというとそこまで言わなくていいじゃない、と私が怒ってもよさそうな。

「で、だからなんだと」
 ぽかんとしてしまった気持ちが素直に口を出た。
 酒の席でのことに、伊堂寺さんはどうしたのだろうか。
 
< 69 / 120 >

この作品をシェア

pagetop