過ちの契る向こうに咲く花は
 今朝の伊堂寺さんは通常営業だった。新しい仕事着一色にはなにも言わず、もう驚いてもくれなかった。
 まあそんなものだろう。同居してるとはいえ恋人でもなんでもない。なにか言われるだろうか、と期待半分、不安半分だった私のほうがちょっとずれている。

 その代わり、会社での評判は結構良い感触だった。派手すぎたかなと思ったけれど咎められることもなく、みんながちょっと驚いて華やかになったなあと笑ってくれた。水原さんなんかは「せっかくだから、もっとそこらのOLっぽくしたら?」なんて言ってきたけれど、爪をきれいに整えたり、それなりなアクセサリーをまとったりするにはお財布が追いつきませんと断っておいた。

 安心した。それが一番の気持ちだった。
 なるべく目立たないように、派手にならないように。そうやって生きてきたけれど、今日はそうじゃない日になる。
 だけどみんなは反応はしても過剰に騒ぎ立てることはしなかった。
 同時に、見た目が変わったからといって私の評価が変わることもなさそうだった。もちろん、これはこの先次第だろうけれど。
 それでも「見た目ばっかり」につながりそうなことを言う人はいなかった。

 考えてみれば、あの頃とは私も周りも年齢が違う。
 幼い日、幼い心のときとは環境も違う。
 そこまで恐れることもなかったのかも、とお昼休憩のときにようやくため息がつけた。

 その後、野崎すみれさんとすれ違う。
 彼女は今日もとてもきれいで、すこし高めのヒールを鳴らしきびきびと歩いていた。
 ファイルを片手に背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見て。

 伊堂寺さんの「人は見た目が9割」という話を思い出す。見てくれや恰好だけではない。その内面、雰囲気、姿勢。全てがあっての見た目。
 確かに彼女は美人だ。それはその全てをひっくるめてそう思う。仕事だってできそうだし、プライベートも充実してそう。男性にも負けず、同じ土俵で戦えそう。

 じゃあ自分はどうなのだろうか。些細かもしれないけれど、見た目を変えた今他人にはどう映っているのだろう。
 伊堂寺さんは「俺は見た目でお前を選んだんだ」とも言っていた。その見た目がすこしでも変わってしまった場合はどうなのだろう。

 地味な見た目が婚約者として良かったのかもしれない。
 そうなると私はもうお役御免かもしれない。

 足が止まった。意識せず振り返る。

 あんなにいやだったはずなのに、終わるかもしれないことに喜べない自分がいる。

 野崎すみれさんは私に気づいた様子はなかった。彼女は真っ直ぐ廊下を進み、やがて玄関へと消えていった。
 
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