ライギョ
「何も知りませんよ、僕は。と言うか…今更、知りたいとも思わないです。」


「僕?」


彼女の一人称に対しての疑問をそのままぶつけると


「ああ、僕って言うの気になります?でも僕、男として育てられたのでこれが普通なんです。兄がいなくなった日からずっと。」


ジリジリと照りつける日差しが尚の事、頭をクラクラさせる。


一体、今、何時なんだろうと腕につけた時計を見ようと思うのにまるで鉄の塊でも手首に巻き付いたのかと思うほど重くて持ち上げる事が出来ない。


「僕ね、あの日からずっと兄の代わりとして育てられたんです。」


「や、安田のか?」


「そうです。だけど、あの時の僕はまだ3歳やった。正直、兄がいたんだと言う記憶すら曖昧です。ただ、ぼんやりいたような気がするだけで…」


俺が上手く言葉が発せないほど動揺していると言うのに目の前の彼女…原 妃咲は淡々と話す。


それはまるで日頃の学生生活を話すくらいの事のように。


「それはー、ご両親が、ってこと?」


「そうですね。父も母も兄の事をそれは大事にしてたそうですから。」


「えっ、でも、それって君も大切にされてたって事じゃないの?」


「大切、ね。」


そう言う原 妃咲の横顔はやけに大人びていた。






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