桃の花を溺れるほどに愛してる
 僕が一歩、前に向かって歩を進めると、榊くんはビクリと身体を震わせた。


「何、こっちに来ようとしているわけ……?」


 僕はそれには答えず、また一歩、前に向かって歩を進める。


「来るな……来るなってのっ!」

「……」

「それ以上、来たら……」


 榊くんはキョロキョロと辺りを見回したあと、足元に落ちていた鉄の棒を拾い、握り締めた。


「お前を殴り殺すっ!!!」

「……」

「本気だからな……本気で……。おっ、おい、とまれって……!!!」


 僕は榊くんに何を言われても、何をされても、足をとめるつもりは毛頭なかった。

 ただ、ただ、愛しい彼女のもとに……。


「とっ、桃花ちゃんを殴ってもいいのか……?!」


 まさか殴る対象が僕から桃花さんに変わるとは思っていなかった。

 僕は一瞬だけ足をとめようかと思ったが、桃花さんを殴ろうとする鉄の僕を握る榊くんの手は、大袈裟なほどにガタガタと震えている。

 ……本気で桃花さんを殴るつもりはないのだろう。あくまで、僕の足をとめようと言った戯言に過ぎない。

 それが分かった途端、僕はまた足を動かし、桃花さんのもとへ寄る。


「本当に、俺は本気で……!来るな!来るなってっ!!!」


 振り上げられた榊くんの手は、勢いよくそのまま振り下ろされ――ゴンッと鈍い音をたてながら、僕の頭に、当たった。
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