笑わぬ黒猫と笑うおやじ
なのに、だ。
塩谷さんはなにを思ったのか、
「んー…撫子ちゃん、ちょっとごめんね…?」
なんて言って、私の返事を聞かぬまま、私の前髪をぺろん、と上げてしまったのだ!
「っ……!」
「あー、やっぱり」
「やめて下さい!!」
なにが、やっぱりなのか。私には手に取るように分かる。
きっと、気持ち悪い、と思ったのだろう。
私は滅多に出さない大きな声で、塩谷さんの手を退かし、距離をとった。
上がっていた前髪を、片手で抑えながら、かたかたと体が震えるのがわかった。
あんなふうに、至近距離で自分の目を見られるなんて……。
それは、恐怖以外のなんでもない。
な塩谷さんは、私の目を見て、なんて思った?
気持ち悪い?
目が生きてない?
人形みたい?
今まで言われてきた言葉の数々が浮かび上がり、私は慌てて頭を左右にふった。
「ぐ、具合が悪いので…」
「撫子ちゃんさ、前髪切った方が可愛いと思うよ?」
「帰りま……え?」
今、塩谷さんは何と言った?
前髪、切った方が、可愛い……?なんだそれは。
からかっているのだろうか?
意味が分からず、ぽかん、と口を開いていると、塩谷さんはまた私の前髪をぺろん、とあげて、
「ほら、撫子ちゃん前髪短いほうが絶対可愛い」
「なっなっ…!」
「撫子ちゃんて猫みたいに目がまん丸なんだね~。あっあだ名、にゃーちゃんにしよう!よし、決定!」
「えっ、えぇ…?」
戸惑う私を他所に、塩谷さんはへらへらと笑いながら話をすすめると、何故か私の背中を押し、お店の奥へと足を進める。
帰りたいと言ってるのに!と珍しく、少しだけ怒りの表情を現しながら、塩谷さんを見上げると、へらり、と笑みを向けてきた。
「…………」
その、笑みを見て、何故か私はそれ以上なにも言えず、ただ黙って押されるしかなかった。
「なんだ?あの根暗女」
耳につけられたシンプルなシルバーピアスを指で撫でながら呟いた男の声は、私には届かなかった。