笑わぬ黒猫と笑うおやじ

 ぐるぐると巡る思考に、ただぼんやりとしていると、不意に携帯の震える音がした。
 私だろうか?携帯が入っている鞄に手を入れたが、なにも震えていなかった。


「もしもし、あぁ、俺だ」


 どうやら塩谷さんの携帯が鳴っていたようだ。
 塩谷さんは二三言、なにか話したあと、すぐに通話を終えると、あのへらりとした笑みを浮かべた。


「とりあえず、職場体験とでもいきますか?」
「え?あっちょっと…!」


 塩谷さんの言ってる意味が分からず、ぽかん、としていると、そんな私を気にもとめず腕をひき歩き始めた。
 訳が分からず、待ってください、と言っても一向に足を止めようとしない。
 なんなんだこの人は!
 のんびりしたお爺さんとは違い、かなり強引で突拍子もない人だ、と私は思った。




▽ ▲ ▽ ▲


 塩谷さんに無理矢理連れてこられたのは、外観を見たらお洒落なレストランにしか見えない、バーだった。
 しかし、入ってみると、塩谷さんの言っていたとおり、シックでとても落ち着いたお店。
 お客さんも一人でのんびり飲んでいる人か、二人で会話をつまみにカクテルを飲んでいるカップルなどが居る。


「…………」
「どう?気に入った?」
「え?え、えぇ……まぁ」
「そりゃ良かった」


 へらり、と笑う塩谷さん。
 なにが楽しくてそんなに笑うんだろう。私には、分からない。

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