カリス姫の夏
身体を思いっきり傾け華子さんの前に倒し、その座席に目を凝らした。


通路側に座りこちらに顔を向けるおじいさんが見える。

おじいさんは骨皮と表現できるほど痩せているが、厳格そうな顔つきで背筋もしゃんと伸びている。しわの深さや頭髪の少なさから、私の祖父より年上だとも思われたが、眼光は鋭く、意思の強さが年齢とは別のエネルギーを発していた。


私が軽く立ちあがると、隣に座るふんわりウエーブのかかった白髪が見えた。たぶん、おじいさんの奥様なのだろう。


そのおじいさんと向かい合う女性。後ろ姿だが、スーツを着こなし、明るい髪色のセミロングヘアから若いOLだろうと推測できた。



おじいさんはさっきから目をつり上げ、何か大きな声で言っている。内容はすぐには聞き取れなかったが、その口調から怒っていることはすぐに分かった。


「まったく、最近の若いやつはどこでもすぐ電話をしだして。
常識が無いっていうか、マナーが悪いっていうか。

私の妻は心臓にペースメーカーが入っているんだぞ。
こんなの目の前で使われて、誤作動起こしたらどう責任とるんだ。
命にかかわるんだからな。
さっさと電話、しまいなさい」


おじいさんはしばらく前から同じ話を繰り返しているらしく、目の前のOLはとっくの昔に携帯電話をしまい、そっぽを向いている。それでも、おじいさんの一度火の着いた怒りは鎮火せず、私の座席まで響く大声を女性に浴びせ続けていた。


「親はいったいどういうしつけをしてきたんだろうな。
人の迷惑とか、一切考えないんだから……」


おじいさんの言葉から、その座席内で起きたトラブルの全容を読み切ると、華子さんは私に尋ねた。


「ねえ、子リス。
あんたさ、あのおじいさんが言ってること間違ってると思う?」


少し考えたが、おじいさんの主張が間違っているとは思えない。


「間違っては……いませんよね」


けれども華子さんがこの結論にかぶせるように
「間違ってるわよ」
と断言するものだから、私は
「えっ?」
と聞き返し目を丸くした。


「あのおじいさんの言ってることは間違ってる。
心臓ペースメーカーはね、あたしが……何年前だったかな。
調べた時で、携帯電話の電波の影響を受けるのは二種類の機種だけ。

しかも、その機種でも、20センチ以上離れていれば影響は受けないのよ。
まあ、色々鑑(かんが)みても、あんだけ離れていればトラブルにはならない。

あそこの席は携帯電話使用禁止の区域でもないし、あのOLは通話してたわけでもなかったんだから、別に怒られる筋合いはないのよ。

だからさ、間違ってるとしたらあのおじいさんの方。

でもね、あんた、あのおじいさんのとこ行って『間違ってますよ』なんて言えるかい?」


私は首を振った。

「言えない」
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