カリス姫の夏
小首を傾げ私の方に顔を向けた華子さんの視界に映るのは、私を通り越し車窓から見える景色だと気づいた。振り返ると黄昏色に輝くススキの穂が風に揺れ、線路沿いを彩っていた。


夕焼け空に映えるその姿に、本州よりも早く訪れる秋を感じる。そう、夏はもうすぐ終わる。私の高校最後の夏も。


華子さんも、季節の移ろいを感じたのだろうか。少しセンチメンタルな影を落としながら、答えた。


「こんなことは、現実社会でも起こりうる。
でも、現実社会ではめったにここまでにはならない。
なんでかっていうと、実際目の前で起きてたらどこまでやっていいのかって空気が読めるからね。
他人の目もあるし。

ここまで放っておいても大丈夫。
ここまで口出ししても傷つかないって雰囲気、感じ取れるのよ。

でも、ネットはそれができない。
だから、ズバズバ自分の意見言っちゃう。
現実だったら絶対しないようなことも、しちゃうの。

やっかいなのは、そのほとんどが善意で出来ているってこと。
誰かを助けてあげたいっていう信念があるから、タチが悪い。

そりゃ、いいとこ見せたいっていうよこしまな気持ちもあるかもしれないけど、基本的には正義感だし……
無責任な正義感が大手を振って歩いてるのよ、ネットの世界じゃ。
はた迷惑な話だよね。

だからさ、今までのこともそりゃ現実にも起こりうることだけど、ネットだからここまでになっちゃったって言えるんじゃない?」


華子さんはここまで言い終えると、持っていた二つ折りのガラ携を再び開き、メールのチェックをし始めた。


「まっ、とにかくさ、子リス。
あんたもあたしにばっか頼ってないで、人間なら自分の頭で考えるてぇこともやってみたらどうなんだい。

あーあ、ろくな仕事ないねー」


華子さんは渋い顔で、ぼやいた。


この百戦錬磨のファイターに、私はこの先も勝てる気がしない。ワンサイドゲームではくやしすぎて、私はせめてもの反撃に出た。


「華子さん。
この機会に、こんな不安定な派遣の仕事なんてやめて、決まった職場に転職した方がいいんじゃないですか」


華子さんは私の反撃などへっちゃらだと、見下すように鼻で笑った。

「辞めれるもんですか、こんな面白い仕事」


そして携帯電話に顔を向けたまま、上目遣いで私を見た。


「子リスだってさ、この一月あたしの仕事手伝って分かったんじゃないの?
あたしが派遣辞めない理由」


メガネの上からのぞく瞳が、私の気持ちを見透かす。私はぐっと息を飲み、何も言い返せなかった。


やっぱりこのゲーム、華子さんの完全勝利らしい。
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