カリス姫の夏
華子さんは、奥へ奥へと進んでいく。
釣り堀を超え、その敷地の一番奥には小さめの池があった。小さめと言っても幅は3メートル、奥行きは5、6メートルはあるだろう。大きな石で土台の組まれた、だ円型の池だ。中には水草が茂り、濁った水面には数カ所、岩が顔を出している。
その池の前で立ち止まった華子さんは、持っていた大き目のバックを芝生にばさっと放り投げた。そして、足を広げ立つと、右の手のひらを口の横で広げ大声で呼んだ。
「まさしーーーー
まーさーしーー」
私は、華子さんの後方に立ち「へっ?」とキツネにつままれたような気持ちで池を見た。すると、一本の長い波紋がスーーっと私達の方に向かって来る。
波紋が目の前の岩近くで消えた次の瞬間、ひょいっとナスビみたいな顔が水面から現れた。ナスビには濃い緑とクリーム色でしま模様が入り、頬の辺りは赤く着色されている。
その姿の全容を現さなくとも、ナスビの正体は分かった。
亀……
ミドリ亀だ。
そのつぶらな瞳は、華子さんを見ると嬉しそうに二本の線になった。
「将司、元気だったかい?」
満足気にうなづく華子さんがわが子の成長を喜ぶ親の顔になっているのだろうと、背中を見ただけで伝わった。
華子さんが口にした固有名詞に驚き、私は棒立ちしたまま声を上げた。亀がびっくりして私の顔をみるほどの大声を。
「えっ?
えぇぇぇぇーー?!
まさしって……まさしって
あの将司ですか?
あの……あの、総一郎さんが飼ってた亀の将司ですか?」
亀の将司は定位置なのだろう、岸に一番近い岩によじ登ると、華子さんの差し出したキャベツをもりもり食べ始めた。将司の前にしゃがみこみその姿をまぶたに刻むと、華子さんは私の疑問に答えた。
「そっ、この子が将司」
岩に乗った亀は、甲羅だけでも直径20センチは軽く超える。苔の生えた甲羅から頑丈そうな手足を出し、その手足で岩肌をしっかりと踏みしめている。そこには、総一郎さんの言う「弱く、病気がちだった将司」の姿はない。
「将司って……
将司さんって川に流されて行方不明になったんじゃないんですか?
生きてたんですか?
あの話、ウソだったんですか?」
頭の整理がつかないまま華子さんの背中に、とりあえず疑問だけ投げかける。華子さんはちらりと私の方に振り向くと、淡々と話した。
「総一郎にはナイショだよ。
ここの店主はあたしが昔、訪問看護師をやってたころの患者さんでさ。
亀を預かって欲しいって言ったら『他にもいるからいいよ』って二つ返事で引き受けてくれたのさ。
将司も今年15歳になるからね、時々こうして様子見に来てるのよ」
「でも、なんでこんなことを?
総一郎さん、このせいで華子さんのこと恨んでるんですよ。
生きてるって教えてあげた方がいいんじゃないですか?」
釣り堀を超え、その敷地の一番奥には小さめの池があった。小さめと言っても幅は3メートル、奥行きは5、6メートルはあるだろう。大きな石で土台の組まれた、だ円型の池だ。中には水草が茂り、濁った水面には数カ所、岩が顔を出している。
その池の前で立ち止まった華子さんは、持っていた大き目のバックを芝生にばさっと放り投げた。そして、足を広げ立つと、右の手のひらを口の横で広げ大声で呼んだ。
「まさしーーーー
まーさーしーー」
私は、華子さんの後方に立ち「へっ?」とキツネにつままれたような気持ちで池を見た。すると、一本の長い波紋がスーーっと私達の方に向かって来る。
波紋が目の前の岩近くで消えた次の瞬間、ひょいっとナスビみたいな顔が水面から現れた。ナスビには濃い緑とクリーム色でしま模様が入り、頬の辺りは赤く着色されている。
その姿の全容を現さなくとも、ナスビの正体は分かった。
亀……
ミドリ亀だ。
そのつぶらな瞳は、華子さんを見ると嬉しそうに二本の線になった。
「将司、元気だったかい?」
満足気にうなづく華子さんがわが子の成長を喜ぶ親の顔になっているのだろうと、背中を見ただけで伝わった。
華子さんが口にした固有名詞に驚き、私は棒立ちしたまま声を上げた。亀がびっくりして私の顔をみるほどの大声を。
「えっ?
えぇぇぇぇーー?!
まさしって……まさしって
あの将司ですか?
あの……あの、総一郎さんが飼ってた亀の将司ですか?」
亀の将司は定位置なのだろう、岸に一番近い岩によじ登ると、華子さんの差し出したキャベツをもりもり食べ始めた。将司の前にしゃがみこみその姿をまぶたに刻むと、華子さんは私の疑問に答えた。
「そっ、この子が将司」
岩に乗った亀は、甲羅だけでも直径20センチは軽く超える。苔の生えた甲羅から頑丈そうな手足を出し、その手足で岩肌をしっかりと踏みしめている。そこには、総一郎さんの言う「弱く、病気がちだった将司」の姿はない。
「将司って……
将司さんって川に流されて行方不明になったんじゃないんですか?
生きてたんですか?
あの話、ウソだったんですか?」
頭の整理がつかないまま華子さんの背中に、とりあえず疑問だけ投げかける。華子さんはちらりと私の方に振り向くと、淡々と話した。
「総一郎にはナイショだよ。
ここの店主はあたしが昔、訪問看護師をやってたころの患者さんでさ。
亀を預かって欲しいって言ったら『他にもいるからいいよ』って二つ返事で引き受けてくれたのさ。
将司も今年15歳になるからね、時々こうして様子見に来てるのよ」
「でも、なんでこんなことを?
総一郎さん、このせいで華子さんのこと恨んでるんですよ。
生きてるって教えてあげた方がいいんじゃないですか?」