モン・トレゾール
「理? ……聞いてるの?」
黙ったままの俺の顔を覗き込むように、潤んだ瞳の彼女がそう訊ねる。
……まだ何ひとつ思い出していないようだ。
普段と変わらない彼女の様子を見て少しだけホッとしている自分がいる。
催眠療法だとか言って、彼女の過去の記憶を呼び起こそうとしたアイツを止めたのは俺だ。
――それにしても、アイツわざとだな。
吸いかけのタバコに、あたかも誰かが居たかのようなこの飲みかけのコーヒー。
誰がどう見ても第三者の存在を疑うだろうが。
「……もういいもん」
子供のように口を膨らませ拗ねた彼女が、目の前でガタガタと俺がやり損なった後片付けを始める。
催眠療法とかいうインチキなやり方で、彼女の心の中を見たのはアイツだけだ。
好き勝手やり始めたアイツを止めようとしてる間に、勝手に鍵を閉めて寝室にこもりやがった。
俺は奴を信用してるわけじゃない。
ドアを壊してでも強引に中に入るべきだったんだろうけど。
ドア越しで聞こえた彼女の名前を呼ぶ拓真の声が、今も変わらず心の底から彼女を愛してるかのように切なげで。
それを現実のものとして受け止めたくない俺には、どうしてもそうすることが出来なかった。
二年前――
脳に大きな腫瘍が見つかったアイツは、生きることを諦めていた。
そんなアイツに、親父は半ば無理矢理にアメリカでの手術を決めさせた。
最新の医療に最高クラスの技術を持ったドクターでも、成功率は20%を切っていた。
絶対認めないだろうけど死ぬことが怖かったはずだ。
いや、死そのものよりも。
アイツの場合はもっと他の理由で死を恐れていたのかもしれない。