モン・トレゾール
『どっちも選べない』
別れた後、京都のマンションでそう泣き崩れた彼女。
俺と拓真の間で揺れる彼女に、アイツのことは忘れなくていいと言ったのは自分だった。
欲しいなら、全部受け止めようと思っていた。
もう一度やり直そうと言ったあの時は、少しでも俺に気持ちが残っているならそれだけで十分だと思っていたのに。
「――ッ……」
膝の上で拳を握ると、それに反発するように頭の痛みが全身に廻った。
いつもとは比べ物にならないくらいに、目の奥が痛む。
断片的な記憶障害、彼女がそれを負い目を感じているのは分かっている。
卑怯にも、今の俺はそんな彼女の気持ちを利用している。
何も覚えていない彼女を自分のモノにして、監視するように仕事へも復帰させた。
家では優しい男を演じながら偽善的な笑顔を向ける毎日で、こんな自分に反吐(へど)が出そうになる。
そう望んだわけじゃないのに、何もかも自分にとって都合のいい方向にばかりコトが進んだ。
自分にだけ一心に注がれる彼女の愛情。
それが欲しくて結婚という名の薄っぺらい契約で彼女を縛りつけたというのに。
きっと全てを思い出してしまったら、こんな俺を彼女は許さないだろう。
思い出さなくてもいいだなんて、そんなのは違う。
今この瞬間が作られた時間だったとしても。
俺が彼女を失いたくないから……思い出して欲しくないんだ。