モン・トレゾール
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「――はい、すみませんが宜しくお願いします」
誰かと話す彼女の声が少し遠い。
額に置かれた冷たいタオルと、テーブルの上に散乱した体温計と市販薬の山。
熱のせいなのか、上半身を起こすと軽く眩暈を感じた。
ソファーで少し横になるつもりが、どうやらそのまま寝ちまったみたいだな。
フーと深く息を吐くと、リビングの向こうから彼女の足音が近づいてくる。
「……どうしよう、お医者さん呼ばないとダメよね?」
スマホを握りしめたまま慌てふためくその後姿が面白くて、ついまたからかいたくなってくる。
「医者なんて要らない」
俺の声にビクッと肩を揺らす彼女の腕を掴むと、そのまま自分の膝の上へと引き寄せた。
「え、ちょっと、お、さむ!? 起きて大丈夫なの?」
床に落ちたタオルの代わりに、額に触れる彼女の背中が柔らかい。
花の蜜のように甘い香りと、すっぽりとこの胸に収まる華奢な躰。
……このままでいい。
このまま何も思い出さずに、ずっと俺の腕の中で俺のことだけを考えていればいい。
彼女を腕に抱いたまま目を閉じると、そんな勝手なことばかりが頭に浮かんでくる。