モン・トレゾール
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時は過ぎ、時計は夜の7時を回った。
初めて来た時は気づかなかったけど。
このお店は結構古いように感じるけどその分内装とかが凝ってて、味わい深い色に変色した天井にはアンティーク調のランプなんかも下げてあった。
この前はお客さんも結構居たからステージからは少し遠い席しか取れなかったけど、今日は戸田さんの位置からはしっかりと梨花さんが見えるポジションをキープ出来ている。
「飲まねぇの?」
カランとグラスの中の氷が音を立てると、戸田さんは呑気にそんなことを訊ねてくる。
「――要らない。それより、いい加減話してくれないと。もう一時間以上このままじゃない」
お店に入ったのはいいけど、いつまで経っても肝心の彼に関する話が聞けていない。
まあ、その理由は梨花さんのピアノが始まるまで私に帰られちゃいけないからなんだろうけど。
「オマエさぁ――」
「名前で呼びなさいって言ってるでしょ!」
”オマエ”なんて呼んでいいのは、世界に一人だけなのよ。
「なんか……この店に来ると人格変わるんだな、オマエ」
これだけ言っても、また”オマエ”だし。
「まさか、梨花さんにもそう呼んでるんじゃないでしょうね?」
「そうって?」
「だから! オマエとかアンタとか。そういう呼び方してるんじゃないのって聞いてるのよ」
この男は賢いようで……本当はバカなんじゃないの?