モン・トレゾール

「――ピアノはどうしたんだ」


怒ったような声でそう訊ねた戸田さんは、梨花さんの目を一切見ようとしていない。


「この後よ。それよりこの人、彼女なんでしょ? 紹介しなさいよ」


艶のある長い髪を肩にかけると、梨花さんの興味は再び私へと移る。


そんなピリピリとした空気が流れる中、目の前の梨花さんから一瞬ユリの花の香りがした気がした。


「そう、新しい彼女だよ」


全然関係ないことに気を取られていると、戸田さんの口からはとんでもない嘘が流れる。


「ちょっと! なに言い出すのよ!」


この状態でそんなこと言ったら、恨まれるのは私なのよ!!




「……やっぱそうなの? それで? どこの大学を出てるのかしら? 

遼――アナタ負け犬だから、どうせまた中途半端にピアノ弾ける子でも選んだんでしょ?」


戸田さんが負け犬? ……この梨花って人、ちょっと面白いかも。


梨花さんの視線はこっちにあるのに、呑気にも私は頭の中でそんなことを思っていた。




「ちょっと、聞いてるの!?」


「えっ? あ、はい。一応聞いてますけど……」


……なんか凄い迫力


ゴミを見るような目とそのヒステリックな声に、我に返った私はこの人を相手に完全に萎縮してしまっていた。

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