モン・トレゾール
「そのままの意味よ、どうせこの男にピアノ弾いてくれって迫られたんでしょ?」
「ピアノを……弾いてくれ?」
売られた喧嘩を買おうとした途端に言われた梨花さんの話の内容に全くついていけなくなる。
さっきからピアノ、ピアノってなんの話なのよ。
こんなの当然の話だけど。
――私、そんなこと言われた覚えないんだけど。
「――梨花、俺との約束覚えてるだろうな」
突然口火を切ったように席を立った戸田さんが、梨花さんを上から見下ろす。
「そこまで挑発的な態度を取るからには、自信があるんでしょうね?」
挑発的な態度って……私、そんな風に思われてたの?
「ちょ、ちょっと待って! 二人とも何の話をしてるの?」
私だけ完全にアウェイなんだですけど。
「じゃあ、今夜はリクエストが入ってるから」
そう言われて梨花さんから渡されたのは、一枚の楽譜だった。
「……これって」
めちゃくちゃ普通のクラシックじゃない。
……って、そうじゃなかった。
「こんなの渡されても。私、弾けませんから」
ピアノがどうとか、約束がどうとかって。
二人がどんな約束をしたのか知らないけど、いい加減この辺で『私は無関係です』って本当のことを言っておかないと。