モン・トレゾール

遼がその名前を口にしたと同時に私は言葉を失った。


――湯川愛莉(ゆかわあいり)、確かに私はずっと彼女を探していた。


ジュニアコンクールで入賞した時も、姉の影響で本格的にプロを目指そうとした時も、大学に進学した時だって。


……私の中には、ずっと湯川愛莉が居た。


彼女を初めて見たのは、ずっと昔。まだピアノを始める前だった。


家族で姉のコンクールを見に行った時だ。


自分と同じ歳なのに、5つ年上の姉なんかよりもずっと彼女は上手かった。


大人顔負けのその演奏に、観客の誰もが天才だと言って彼女をもてはやしていて。


同じコンクールに出ていた姉でさえも、それを認めずにはいられなかった。


確かに技術も凄かったけど、彼女のピアノはそれだけじゃなかった。


繊細さと大胆さを兼ね備えていながら、どんな曲を演奏しても人を惹きつけて魅了する力が彼女にはあった。


演奏そのものというよりも、その音だけで人の心を掴む――そんな才能を持っていたのよ。


それなのに……


「遼――あの子、もうピアノはやめたんじゃないの?」


必死に努力して姉と同じ音大への推薦を掴み取った頃には、どのコンクールのリストにも既に彼女の名前はなかった。


――あれだけの演奏が出来るのに


突然ピアノを捨てるように消えてしまった彼女に対し、私は勝手にずっと裏切られた気持ちになっていた。
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