モン・トレゾール
「……遼、あの子。本当に湯川愛莉なのよね?」
「そうだけど」
確かに、あの目元とか昔の面影はある。
だけど、ピアノを前にしてあんな自信のないような顔で……本当にやれるの?
「オレも初めて聴くんだよな」
遼の声はどこか楽しそうだった。
――こっちは無駄にハラハラしてるのに。
「どうして私があの子の心配しなきゃいけないのよ」
「面白いだろ? アイツ」
……面白いなんて。
彼が自分から興味を持つ女なんて――私しかいないと思ってたのに。
「どうなの?」
「どうって?」
「聴いたことくらいあるんでしょ? 彼女のピアノ」
「いや、オマエのCD聴いた時以来ないけど」
CDって――あれは彼女のピアノじゃないわよ。
「シッ、始まる」
言いたいことは山ほどあるのに、店の中の照明は一気に明るさを落としていく。
湯川愛莉――アナタに憧れた時期もあった。
だけど、今は私の方が技術も魅せ方も全てが上なの。
それに、遼のことだって。彼を一番理解してるのは、私の方なんだから。