モン・トレゾール
「でも、このままじゃアイツに梨花の気持ちが届かないな」
ドカッとイスに腰掛けると、遼は煙草に火をつけた。
「聴きたいんだろ、ライバルのピアノが」
ずしっと重みを帯びた言葉が、胸の奥に響く。
「……ライバルって、あんな中途半端な人間と一緒にしないでよ」
あんな子が、私のライバルだなんて。
「おいっ、じゃあまた怒られるのか。皆川……じゃなくて、大河内か」
ブツブツ言い続ける遼の言いたいことが分からなかった。
「そんなの言い訳にしてねぇで、なんか一曲弾けよ」
「お、それいいですね」
遼が大声でそう叫ぶと、雑用係のあのバーテンが一緒になって声を揃える。
この店は従業員もお客もハプニングが好きなのかしら。
あれだけ不穏な雰囲気だった周囲の人達までが一気に賛同しだした。
「えっ! わ、私がですか?」
既に主役化しているあの夫人が何かを耳打ちすると、湯川愛莉がそんな奇声を上げて慌てる姿が目に入った。