モン・トレゾール
落ち着いていた様子だったさっきとは逆に、慌てふためき重い足取りでピアノの方へと戻っていく。
”どうしよう”――そんな気持ちがでかでかと背中に書かれているかのようだった。
「遼……なんか可哀想じゃない? 彼女」
ピアノの前で硬直するその姿に、意地悪なんかじゃなく本当に心配になってきてしまう。
――不思議な子、さっきまではあれだけ腹が立ってたのに。
「別にいんじゃない? あのくらいで死にやしないだろ」
「アナタ……それが自分の彼女に言うセリフなの?」
「いや、彼女じゃねぇし」
「だってさっき――」
「だから、彼女じゃねぇって言ってるだろ」
ジュっと煙草の火を消すと、遼はとても不機嫌そうな顔を向けた。
演奏を前に店内は静まりかえっているのに、こんな大声で――
……彼氏にここまで全力否定されてる彼女って……どうなのよ。