モン・トレゾール

―――

――……



――本当に凄い


和音が多い右手も滑らかで全然ミスがない。


それに、あの弾き方……


ずっと目を閉じてる。なんか、自分の音だけしか聴こえてないみたい。


長々とピアノを触ってこなくてましてや楽譜すら手元にないのに、この曲を完全に暗譜してるっていうの?




「予想以上だな」


……遼。


アナタも、私と同じでこのピアノに聴き惚れてしまってるの?


ううん、私達だけじゃない。


音楽の知識なんか全然ない人達だって、みんな彼女に集中してる。




――ここよ、ここ。


最大の聴かせどころ、60小節目から。


要所要所で、手を交差させて左手で和音を組み込んでいく――この曲で一番難易度が高く表現力が求められる”聴かせる”部分。


「ッ――…」


……この子、ただ上手いだけじゃない。


ひとつひとつの音を丁寧に、そして大切にしてるんだ。



「完璧すぎ」


ドッと押し寄せる歓声とその遼の声にも、私はただ茫然とピアノの前に座る彼女の姿を見つめるしかなかった。
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