社長に求愛されました


それにしたって、中谷弁当店はそんなに大きな店舗じゃない。
チェーン店でもなければ、コンビニの勢力に負け気味の本当に小さな個人経営のお店なのに……それをわざわざ見つけ出すなんて。

そう思い驚くちえりに、篤紀は「16軒目で見つけた」といたずらっ子のように笑った。

「16……って事は朝からずっと? 仕事は……」
「うちの部下はみんな優秀だから。井上にどうしても今日じゃなきゃマズイ仕事があったら連絡しろって言って、すぐ出てきた」
「確かに社員さんはみんな優秀ですけど、だからって社長が私事で席外すなんて……」
「誰のせいだよ」

怒りの感情を含んで聞こえた声に、ちえりがハっとして篤紀を見る。
そんなちえりに、篤紀は申し訳なさそうに歪めた顔を俯かせて、後ろ髪を手でくしゃくしゃとかいた。

「ごめん……。おまえが何考えてこうしたかは井上に全部聞いたんだ。
おまえが軽い気持ちで辞表出したわけじゃない事も、俺の事考えてくれてんのも分かってる……。
けど……」

そこまで言った篤紀が、ちえりに視線を合わせる。
その顔はツラそうにしかめられていて……訴えかけるような瞳に、ちえりの胸がしめつけられる。





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