社長に求愛されました


「急に目の前から姿を消されて……すげぇ焦った」

座ったままの篤紀が手を伸ばし、ちえりの手を掴む。
そして、くん、とそれを引き自分の方へちえりを寄せると、そのままちえりのお腹のあたりに頭を埋めた。

「しゃ、社長……っ」

驚いたちえりが身体を揺らしたが、篤紀は構わずに抱き締める。

「一昨日……パーティの日。おまえが酔って寝てる間に、井上からおまえが何を悩んでるのかを聞いた」
「あ……」
「俺は短絡的にしか物事を考えられねぇし、先の事とかも見越せない。
それに、俺の家とかそういう事を俺は何とも思ってなかったから、おまえがその事でそこまで深く思い悩んでるって知って驚いたよ」

篤紀が、ちえりを逃がさないようにか回した腕に力を込める。
がっしりと檻のように腰に回った腕。ちえりはそれを外す事は諦めて、大人しく篤紀の話を聞く事にした。

抱き締め返す事のできない手が、手持無沙汰でどうしていいのか分からずに宙に不自然に浮いていた。


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