社長に求愛されました
決断を下した側の自分がこんなにグラグラしていたらダメだ。
なのに……心の中は降りやまない涙のせいで海と化し、その上に浮かんだ気持ちは波を受ける船のように、小さく大きく揺れる事を繰り返す。
転覆しそうなそれをなんとかとどまらせるために、ちえりがすぅっと息を吸い込む。
「この間のパーティで和美さんが言っていた事、覚えてますか?」
ちえりの言葉に、篤紀は静かに「ああ」と頷く。
「女だとか関係なしに殴りかかりたくなったくらい頭にきたから覚えてるし、きっと一生忘れない」
「でも私は……和美さんの言っていた事は間違っていないと思います。
立場の違う私が社長の隣にいたら……私の父親の事とかが知られたら、それを言ってくる人は必ずいる。
私の父親に関係ない事だったとしても、社長が私の事で周りに何か言われたりするのは嫌なんです」
いつもならすぐに反発する篤紀が、今ばかりは大人しくちえりの話を聞いていた。
「周りに何か言われる度に、社長は私に気を使って、私はそんな社長に申し訳なくなって……きっとどんどん窮屈な関係になっていく。
本当は……何を言われても傷ついた顔ひとつ見せずに、社長にも何も気づかせないくらいの演技力をつけられれば、なんて事も考えました。
そうしたら、社長の隣にいられるかもしれないって」
「でも、無理でした」そう続けたちえりから頭を離した篤紀が見上げる。
ちえりは自嘲するように口もとにわずかな笑みを浮かべて目を伏せていたが、篤紀を見ているわけではなかった。